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福岡高等裁判所 昭和38年(ネ)100号 判決 1965年3月19日

控訴人 有限会社真明堂薬局

被控訴人 近藤博道

主文

一  原判決中控訴人に関する部分を取消す。

二  被控訴人は控訴人に対し、金一二〇万円及びこれに対する昭和三五年一一月六日以降完済まで、年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

四  第二、三項は控訴人において金二〇万円の担保を供するときは、仮りに執行することができる。

事実

控訴人は、主文第一ないし第三項同旨の判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言を求め、被控訴人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

事実及び証拠の関係は、

控訴人において、

一(一)  控訴人は、もとその代表者飯田直が個人として薬局の経営をしていたのを、対徴税の関係から昭和三三年一〇月一日設立した個人会社であつて、社員も飯田直と妻貴恵の二人に過ぎず、飯田直だけを取締役として発足したもので、有限会社という法形態をとつているものの、その実体は飯田直の個人経営となんら異なることはない。したがつて、控訴人にとつては、代表者である飯田直が全く掛替えのない不可欠の人材であり、同人に対しその能力を最高度に発揮して控訴人の利益を向上せしめるように求め、またそのとおり実現されてきたものであつて、同人がいなくては控訴人の存立は考えられない実情にあつた。すなわち、同人の調剤・販売などの営業能力が、そのまま控訴人の営業能力であり、同人の営業能力の消長は、控訴人のそれの消長であり、同人に対する不法行為による能力低下に基づく損害は、すなわち控訴人の損害に外ならないのである。

(二)  飯田直と控訴人とは人格を異にするという形式的法理論から、飯田直に対する不法行為によつては、不法行為者は控訴人について生じた損害を賠償する責任がないと解すれば、控訴人と殆んど同一形態と思われる全国の有限会社数一五四、九八六、合名・合資会社数四二、二〇一のうち、ほぼ半数近くは、経営形態がただ法人であるという故をもつて、その実質的経営者(自然人)に対する本件のような不法行為は、自然人が不法行為前と同様法人から俸給(報酬)を得る場合は、右法人及び自然人とも加害者に対し損害賠償を請求することができず、個人経営の場合のみ、これを請求し得るという不合理な結論とならざるを得ないのである。

二  控訴人の被つた損害をつぎのとおり明確にし、従来の主張を一部訂正する。

控訴人は会社として発足して以来、昭和三五年三月一五日本件事故発生にいたるまで、順調に経営を続け、

(一)  昭和三三年度においては、同年四月一日以降同年一一月三〇日までの各月の売上金額は、

四月  金   三五九、六〇五円

五月  金   三九二、九二一円

六月  金   三九四、三六〇円

七月  金   四〇一、九三〇円

八月  金   三八一、六八五円

九月  金   三六二、八七〇円

一〇月 金   三六〇、三五〇円

一一月 金   三四八、五四〇円

以上計 金 三、〇〇二、二六一円

(一二月 金   四八〇、三三二円)

(二)  昭和三四年度において、前同様の期間の売上額は、

四月  金   三七九、八八〇円

五月  金   四三七、七九二円

六月  金   四〇二、二〇九円

七月  金   四〇六、三四八円

八月  金   四〇八、〇〇二円

九月  金   三七〇、一七七円

一〇月 金   四〇六、一三四円

一一月 金   三五八、六七八円

以上計 金 三、一六九、二二〇円

(一二月 金   五〇〇、〇四七円)

であり、その二八%が利益として計上し得るところ、昭和三五年一、二月は前年同期を上廻る売上実績を示しているにかかわらず、

(三)  本件事故後の昭和三五年四月以降の前同様の期間の売上額は、

四月  金   三二五、一〇〇円

五月  金   三四九、〇五五円

六月  金   三五八、五三五円

七月  金   三八七、三一五円

八月  金   三七七、七五三円

九月  金   三二九、五一八円

一〇月 金   三六二、四八〇円

一一月 金   三一四、九六〇円

以上計 金 二、八〇四、七一六円

と、前年及び前々年に比し減少し、しかもこの減少は、全く本件事故に基づく飯田直の身体障害に基因するものである。

(四)  右昭和三五年四月から一一月までの間の売上額は、同三四年の同期のそれより金三六四、五〇四円減少し、同三四年同期売上額の一一、五%減に当る。しかして、昭和三四年一月より一二月までの売上総額は金四、五六四、〇三二円であるから、その一一、五%の金五二四、八六三円が一年間の売上減少額となり、これは本件事故に基因するものというべきところ、右減少額金五二四、八六三円の二八%が純利益であるから、結局年間平均金一四五、〇〇〇円の得べかりし利益を喪失したこととなる(一般経済の変動による売上増は、年一五%程度であるが、これを除外しても上記のとおりである。)

(五)  本件事故当時、飯田直は年四五才で、少くとも向う一五年間同人が六〇才となるまでは、事故前と同様に稼働し得たので、控訴人は同人が六〇才にいたるまでの一五年間、少くとも総額金二一八万円の得べかりし利益を喪失したこととなるので、これを現在の損害に計算すれば、金一二八万円を下らない。

よつて右金員中一二〇万円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和三五年一一月六日以降年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。」と述べ、

<立証省略>

被控訴人において、

「本件事故によつて飯田直が傷害を受けたため、控訴人に主張の損害が発生したことは争う。

一(一)  控訴人は自然人である飯田直の損害と法人で同人と別個の権利義務の主体である控訴人の損害とを混同して主張している本件では被害者が飯田直でたまたま控訴人が債権者の立場において請求する事案であるが、この逆の場合、すなわち、控訴人が債務を負担する場合において、飯田直は控訴人の債権者に対して、控訴人が有限責任を負う自己と別異の法人格を有することを主張して、弁済を拒絶するであろう。この場合に控訴人は、飯田直の個人経営と同様であるという理由で、合名会社社員とひとしく、飯田直に控訴人の債務を負担せしめることはできない。利の帰するところ、損失もまた受忍すべきである。

(二)  薬局経営の利益は、主として売薬品、化粧品等の販売によるもので、調剤による利益は極めて僅少である。このことは各種健康保険制度の普及に伴う医師の調剤が一般化し、わざわざ医師の処方によつて薬店に調剤を依頼することが例外である傾向によるものと認めるのが妥当である。したがつて控訴人の売上高が仮りに減少したとしても、これをもつて飯田直の身体受傷に基づくものと認めることはできず、他の諸種の原因、たとえば近隣における同業者の出現本人の勤怠のいかんなどが原因として存在するのである。全国薬剤師の総数は、昭和三四年末五八、三八九名。同三五年末六〇、二五七名。同三六年末六一、六二六名。同三七年末六二、六四五名で、年間一、〇〇〇名から一、三〇〇名位が逐年増加する傾向を示していることが考慮されなければならない。

二  飯田直が控訴人の取締役であることは認めるが、同人が控訴人経営の薬局で薬の調剤販売などの業務に従事するのは、控訴人の機関構成員の立場を離れて、控訴人に雇用された被用者の立場においてなすものである。被用者が負傷して調剤販売などの業務に十分の能力を発揮し得なくなり、営業上支障を生ずる場合は、控訴人は代人を雇入れて不足の労力を補い、損害の拡大継続を防止すべきで、かかる措置を講じないで不利益を被つたとすれば、それは自から招来したもので、この損害を被控訴人に請求し得べきかぎりでない。しかして薬剤師の初任給は公務員の場合一五、〇〇〇円位、控訴人のような薬局においては月金二万円余であつて、その雇入れは前記薬剤師数から推度すれば決して困難ではない。また飯田直は控訴人にとつて不可欠の余人をもつて替えがたい者ではないのであるから同人に支給した金員を減じ、その減額分をもつて薬剤師を雇入れると、控訴人にはなんらの損失も生じないのである。」と述べ、

<立証省略>……と述べ、

た外は、原判決に示してあるとおりである(ただし原判決の控訴人の立証中二田四郎とあるのは、二田四朗の誤記と認めて訂正する。)。

理由

一  控訴人が医薬品の調剤販売を営む有限会社で、原審共同原告飯田直は薬剤師であつて、控訴人を代表する取締役であり、控訴人の薬品の調剤販売など一切の業務に従事する者であること、控訴人主張の日時、主張の場所で、被控訴人が過失により、その運転するスクーターを直の背後から同人に衝突させはね飛ばし、同人に対し原判決認定のような傷害を加えたこと、飯田直に過失の存しないことは、原判決の理由一、二及び三の関係部分に説示してあるとおりである(なお直と被控訴人間の第一審判決が確定しておることは、記録上明白である)。

二  よつて右不法行為によつて控訴人に損害が生じたかどうかについて考察する。

不法行為の成立について、不法行為者に故意または過失があるというには、不法行為者においてその行為により何人かに損害が生ずるであろうことを予見し、または不注意によつて予見しなかつたという事実があれば十分で、必ずしも特定の人に損害が生ずることを予見し、または不注意によつて予見しなかつたことを必要としない。

ある人に対し直接加えられた加害行為の結果、その人以外の第三者に損害が生じた場合でも、加害行為とこの損害との間に相当因果関係が存するかぎり、不法行為者は第三者について生じた損害を賠償しなければならない。

本件について見るに、成立に争いのない甲第一、二、六、七号証、原審証人大平幹、高野晶、飯田貴恵、原審及び当審証人二田四朗の各証言、原審鑑定人徳田久弥の鑑定の結果、原審(第二回)及び当審控訴人の代表者飯田直尋問の結果によれば、直は初め個人で飯田薬局という商号で薬店を経営していたが、その後合資会社組織に改めた後これを解散し、再び個人で真明堂という商号の薬店を経営してきたところ、納税上個人企業による経営は不利であるということから、昭和三三年一〇月一日有限会社形態の控訴人を設立経営したけれども、社員は直とその妻貴恵の両名だけで、直が唯一の取締役であると同時に法律上当然控訴人を代表する取締役であつて、貴恵は名目上の社員であるにとどまり取締役ではなく、控訴人には直以外に薬剤師はいないし控訴人はいわば有限会社という法形態をとつた実質上は直個人の営業であること、直を離れて控訴人の存続は考えられず、控訴人にとつて直は必要不可欠の人材で、余人をもつて代えることができないものであること、数年前から納税対策などの事由から控訴人のように実質上個人企業でありながら、法的に会社形態をとる小企業が漸次甚だ多きを加えていることは周知の事実であること、直は本件の不法行為により昭和三五年三月一五日頃左眼失明と診断されたが、治療の結果同年四月一一日には左眼視力〇、〇四、同年七月三〇日には〇、〇六、矯正〇、一となりその後好転せず、昭和三六年八月二三日現在において、左眼視力〇、一P、三〇センチ読書至適距離で測定した視力は、左眼〇、二で、左眼の視野は、下方視野の欠損著明で、注視部を僅かに残し、下半盲のような状態を呈し、内方視野と外方視野(ことに外方)にも狭さくが見られ、受傷五五日目と比較すれば、全体として狭さくが著明となつており、ことに内外方の狭さくが進行していること、立体鏡による検査の結果、単一視と立体視の両眼視機能が失われていること、要するに、被控訴人の加えた不法行為により左眼視力が、職業視力の下界までに低下し、視野の狭さくも生じた結果、両眼視機能が失われて外斜視となり、立体視が不可能な状態にあり、しかも両眼視機能を回復する見込は甚だ少く、薬剤師としての営業能力が低下したこと、控訴人はその成立以来直に対し月金三五、〇〇〇円の給与を支払い、なおその外薬局の店舗の賃借料など年額金五〇万円を直に支払つていること、直の営業能力の低下により、控訴人は同人の能力の低下がなければ収得し得たはずの、いわゆる得べかりし利益を失い損害を被つていることの各事実を認めることができ、この認定を動かす証拠はない。

以上の認定によると、被控訴人が直接直に加えた不法行為によつて控訴人は得べかりし利益を喪失して損害を被むり、この損害は被控訴人の不法行為と相当因果関係があるものと解するのが相当であるから、被控訴人は控訴人について生じた損害を賠償すべきである。この見解に反し、控訴人が損害賠償請求権を有しないと仮定すれば、直においても被控訴人に対する得べかりし利益の喪失による損害賠償請求権を有しない結果、被控訴人は遂になに人に対しても損害賠償の義務を負担しないことになり、著しく不合理であつて公平の理念に反するのである。この判断に反する被控訴人の見解は採用しない。

三  よつて進んで被控訴人の賠償すべき賠償の額について判断する。原審(第二回)及び当審における前記飯田直尋問の結果によつて成立を認めうる甲第五号証の二、同尋問の結果、前記二田四朗の証言によれば、直は大正四年一月一九日生れの、受傷当時満四五年余の者で、少くとも向う満一五年間は、薬剤師として受傷前と同様控訴人のため業務に従事し得たものであること、直が被控訴人の不法行為により傷害を被つた結果、控訴人は昭和三五年三月一六日以降一向う一五年間、少くとも一年間に金一二万円の得べかりし利益を喪失し同額の損害を被つたこと、この損害額の生ずることは真明堂薬局が直の個人企業であると仮定した場合も同一であることが認められ、これに反する証拠はなく、またこの判定に反する被控訴人の見解は採用しがたいので、この損害額をホフマン式計算法によつて算出すれば、金一、三一七、七〇〇余円となることが明らかであるから、被控訴人は控訴人に対し、同金額の範囲内において控訴人の請求する金一二〇万円及びこれに対する不法行為後の昭和三五年一一月六日(記録上明らかな本件訴状送達の翌日である)以降完済まで、年五分の割合による遅延損害金を支払うべきである。

被控訴人は、「控訴人は直の営業能力が減退したとすれば、他の薬剤師を雇入れて能力不足を補足し、損害額の拡大を防止すべきである」と抗弁するけれども、直が控訴人にとつて余人をもつて替えがたい不可欠の人物であることは、前認定のとおりであり、原審における直第二回尋問の結果によれば、直程度の営業能力ある薬剤師を雇入れるとすれば、一ケ月金四万円の給与を支払うことが必要であつて、控訴人が直に支給している給与を超過することが認められるので、控訴人が他の薬剤師を雇入れず、雇入れないで本訴の賠償額を算定し請求したとしても、被控訴人においてこの請求を阻止しうるかぎりではない。

結び。

以上のとおり控訴人の本訴請求は正当で、これを棄却した原判決は不当であるから、民訴第三八六条により原判決を取消し、訴訟費用の負担について、第九六条第八九条、仮執行の宣言について第一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 池畑祐治 秦亘 佐藤秀)

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